Nov 23, 2008
赤ら顔の原因を知りたいのですが
子供の頃から赤ら顔に悩んできて、また30年の付き合いです。大人になって、自分の体の管理もそれなりにするすることができる少し気になりません。しかし、まだ完全に姿に自信を持つということはできません。困ったものです。セリフが悪いのか?モクエソエソマンイ盛り上がったてしまうと、赤ら顔になるような気がします。いったい何が原因なのでしょうか?知っていると思います。子供の頃の印象的な無駄毛のないスベスベした肌、懐かしいですね。手をこまねいている取り戻すが、自己流脱毛には限界があり、繰り返しの間に脱毛部位の皮膚が汚くなってしまう悲しい事態にもなることはありません。やはり医者に任せて、医療脱毛が最良の選択です。保険の効かない医療脱毛が、思ったよりも高額ではないようです。食べ物スーツケースのような贅沢を少しずつ我慢してなめらか女になるのも、賢いお金を使用するかもしれません。
●久松史奈さん
92年にヒットした「天使の休息」。歌っていたのは久松史奈さんだ。張りのある真っすぐな歌声が多くの人に元気を与えた。大活躍の最中に渡英した久松さん、今どうしているのか。
「突然のイギリス行きに、残されたファンはきっと、“お〜い、オレたちは置いてきぼりかよ!”って気持ちだったと思うんです。だから、6年前の復帰ライブではまずファンに謝りました」
JR池袋駅近くの喫茶店で会った久松さん、まずはこういった。
「若い頃のワタシは好奇心旺盛で無謀で、大人からは扱いにくい子だったと思います。いつか『久松史奈は暴走族だった』と書かれたことがあったけど、ヤンチャな友達もいたって話ですね」
名古屋短大付属高校(現・桜花学園高校)出身。在学中からバンド活動をしていた。
「女の子バンドでパンクやロック歌ってたら、男の子バンドに“フェスティバルで歌ってくれないか”って頼まれたことがあって」
ヤマハ主催の「ティーンズミュージックフェスティバル」に出場し、優秀ボーカル賞を受賞した。
「だからって、デビューが保証されたわけじゃない。で、モデルのバイトをしたり、化粧品会社に就職したりしました。それでも、なぜか歌手になれるって確信だけはあった。不安とか感じ取れるほど頭が良くなかったともいえますね」
化粧品会社は1カ月で辞め、90年、念願の歌手デビューを果たした。
「あらかじめ用意された衣装を着せられ、アイドルみたいに売り出されましてね。客席からは視線ばかり強く感じられて、“どこか違う”と思ってました」
●「いつか『久松史奈は暴走族だった』と書かれたことがあったけど、ヤンチャな友達もいたってことですね」
92年、ロックに転向。「天使の休息」がドラマ「綺麗になりたい」(日本テレビ系)の主題歌に起用され、その後もライブや学園祭、イベントに加え、ドラマ「新宿鮫」(NHK―BS)に出演。女優としても活躍した。
「ところが、ドラマの打ち合わせに雑誌の取材、テレビ出演など歌う時間が削られて。仕方ないと頭ではわかっていても、歌うことにだんだん行き詰まっていったんです」
かくて、98年、トランク1個でイギリスへ。
「2年間、語学学校に通いながら、ライブハウスを回る毎日で。そうやって音楽に触れてるうち、歌いたい気持ちがあふれてきました」
00年に日英混合バンド「NO―ARASHI」を結成。
「イギリス中のライブハウスにデモテープを送りました。でも、反応はゼロ。だったらヨーロッパ全土で勝負しよう、って……。ええ、それもダメで、半年後にようやく歌うチャンスに恵まれ、あと、ウィーンのレーベルからも連絡がきて」
04年、アルバム「negative hands」をヨーロッパ全土でリリースした。
「退屈ならブーイングやビール瓶が容赦なく飛んでくる国で歌って、日本での自分の活動の無責任さに改めて気づかされた。05年に日本でのライブを再開したとき、イギリスに行く前の“ワタシがハッピーならお客さんもハッピー”って気持ちから、“お客さんがいて初めて自分も生かされる”って思える自分に変わってました」
去年、デビュー20周年記念アルバム「ENTRANCE」を発売。6月17日、「下北沢440」で“癒やし”をテーマにしたライブを行う。
(日刊ゲンダイ2011年6月1日掲載)
財前直見(45)と別居中の夫(53)の離婚が秒読み段階に入ったようだ。財前はフジテレビ勤務のプロデューサーH氏と03年に入籍。06年、40歳の時に長男を出産。だが、子供ができたころから夫婦仲はギクシャクし始め、財前は約1年半前に長男を連れて九州・大分の実家に戻った。
そして、夫婦の破綻がますます浮き彫りになったのは今年1月。財前は5年ぶりにドラマで仕事復帰したものの、出演したのがフジではなくNHKと日本テレビ。
「Hさんは『白線流し』などの人気ドラマを手がけ、財前の主演作『スチュワーデス刑事』もプロデュースしました。財前としてはHさんの勤務先のフジで復帰するのは抵抗があったのだと思います」(マスコミ関係者)
財前とH氏は別居した頃から双方とも弁護士を立てて離婚協議を続けている。財前は“仕事とプライベートは別”と割り切れなかったのだろう。
さらに、ここにきて離婚を“後押し”する動きがある。フジの6月24日付の人事でH氏が東京本社から北海道の系列局に異動になるのだ。職務は制作局のドラマ制作センター室長から取締役編成局長になる。一見“栄転”のようだが、実情はそうともいえないようだ。
「H氏は札幌出身だし、系列局の夕方の低調な番組のテコ入れもあって北海道に異動になったといわれています。50代前半でまだ上がある大物が東京本社を離れるのはフジの人事異動では異例。また、H氏が東京から北海道に転勤することで九州の財前、長男との距離は遠くなり、家族はさらにバラバラになる。離婚に向けて拍車がかかる可能性がありそうです」(民放関係者)
ようやくドロ沼協議に終わりが見えてきたともいえそうだ。
(日刊ゲンダイ2011年6月1日掲載)
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