Nov 29, 2008
居抜きでよく使われるもの
自分の家の近所にもよく居抜き新しい店がオープンしていることが多いが、結構ヌンエハヌンのがコンビニの空き店舗を居抜き使用する場合です。自分の身近な例では、ラーメン屋になり、携帯電話会社のショップなどに変化している。これは、コンビニ店舗の広さが商売にちょうどいいのと同時に、コンビニエンスストアの競争の激しさを物語っているようです。店舗を持つことに憧れを抱いている人もいるのです。調理器具セットをそろえるのはなかなか難しいようです。居抜き制度等を活用して独自の形をまず作ってみてはいかがでしょうか。居抜きでは店舗を放棄するにも利点があります。双方に利益となる、非常に良い方法だと思いました。
サッカーJ1昇格の立役者、ヴァンフォーレ甲府GKの荻晃太選手が23日、甲府市貢川の県立文学館で開くトークショーに出演する。入場無料だが要申し込み。定員500人。昨シーズンを振り返りながら、今季リーグ戦にかける思いを語る。当日午後7時開演。申し込み先は県立文学館(電)055・235・8080、または県立美術館(電)055・228・3322。
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湖西市と接する愛知県豊橋市の養鶏農家で鳥インフルエンザに感染した鶏が確認された問題で、県は11日、湖西市内の養鶏農家への2回目となる立ち入り検査の結果、全て陰性だったと発表した。
検査対象は感染した鶏が出た豊橋市の養鶏場から半径10キロ圏内の養鶏農家7戸(採卵鶏5戸、うずら2戸)。県職員が8日に立ち入り検査を行い、採取した鶏の血液や体液から鳥インフルエンザ症状の有無などを調べたところ、全て異常は認められなかった。
「搬出制限区域」に指定された7戸は卵の出荷は再開したが、鶏の入れ替えができず産卵数の減少が心配されている。愛知県の検査は12日にも判明する見通しで、圏内の清浄性が確認されれば、県は国に制限の解除を求める方針だ。
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■区画整理の困難乗り越え、浜大津で再出発 川合さん「初めて店を持った気持ちに」
大津市のJR大津駅西側の土地区画整理事業に伴う立ち退きで、昨年暮れに閉店した飲食店「かわいや」(大津市春日町)が、京阪浜大津駅近く(同市浜大津)に再び店を構えた。市との補償の交渉が長引き、物件探しも難航。自治体の再開発事業で閉店を余儀なくされる店も多いが、店主の川合毅さん(40)は根気よく物件を探し続け開店にこぎつけた。困難を乗り越えた川合さんは「初めて店を持ったときの気持ちに戻れた」と話す。(藤原直樹)
大津市出身の川合さんは調理師学校卒業後、大津プリンスホテル(大津市におの浜)に4年間勤務。宴会担当の調理師としてフランス料理を学んだ。その後、京都府長岡京市のステーキ店で修行を積んだ。
「ステーキ店の店主が自分にとっての『師匠』。料理だけでなく、精神的なことも含めて飲食店にかかわるすべてのことを学んだ」と振り返る。
平成13年に生まれ育った大津市で独立。フランス料理を気軽に味わってもらおうと、店にはあえて「居酒屋」の看板を掲げ、日本酒や焼酎もメニューに加えた。「自分がおいしいと思うメニューしか出したくない。(ステーキ店店主の)師匠の影響を受けていたのか、師匠が来店してくれたときには開口一番、『まねやな』と言われた」と笑う。
区画整理の話が出たのは21年夏。常連客も増え、店が軌道に乗っていただけに、困惑した。
すぐに立ち退きについての交渉が始まったが、補償額が決まらないため、移転先探しに着手できないまま時間だけが過ぎ、補償額が確定し交渉が終わったのは昨年9月になっていた。それでも、立ち退き期限は、年末とされた。
「時間がない」。再オープンするには、新たな場所を探さなければならない。何度も不動産店に通い、ようやく気に入った物件を見つけた。ところが、内装のデザイン検討に入ったとき、ガス管に不備があることが判明し、振り出しに。紹介を受けた不動産店には、ほかにめぼしい物件はなく、JR大津駅前を中心に自転車で回り、飛び込みで探すことにした。
もちろん、まだ店の営業は継続していた。休憩に入る夕方、そして営業が終わった後の深夜の時間帯に、ペダルをこぎ探した。テナント募集をしていなくても直談判した。あせりがピークに達した11月中旬、ようやく京阪浜大津駅近くに、手頃な物件を見つけた。広さ約50平方メートル。第2の店舗としてはちょうどよかった。
営業最終日の昨年12月4日。9年間苦楽をともにした店で、川合さんは「時間よ止まってくれ」と願い続けた。最後の客が帰った後、涙が止まらなかった。愛着のあるテーブルといすはそのまま新店に持ち込むことにした。
旧店は居酒屋風だったが、新店では、思い切って内装をモダンにし、店名表記も「かわいや」からローマ字の「KAWAIYA」に変更し先月6日、無事にオープン。1カ月以上経過した現在も客入りは順調だ。
「常連さんはみな『きれいになった』と驚く。問題はいろいろあったけど、理想の店に1歩近づいたかな」
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